広島歴史探索の後は、お好み焼き「そば肉玉」じゃね

面白かったこと楽しかったこと感動したこと疑問に思ったこと書いていきたいと思ってます。時々、広島弁出ますけど

歴史探索

武田氏お茶水場跡「清水川」

広島県立祇園北高校の西側にありました龍石で道はYの字に別れ、高校の正門へ繋がります大きな道路から別れ山を降りるように下っていきます。 山林が迫って、田植えが済んだ田んぼが段々とどこか懐かしい光景です。 道に迷ったのか、何だかぐるぐると回りなが…

武田山の龍原。かつては、本坊「仏護寺(広島別院)」、門前には龍原12坊が建ち並んでいました。

広島県立祇園北高校の西側にあります「龍石」です。 石碑には、 龍石 この石は形が龍に似ているので龍石といい藝藩通志に載っている名石です。 昔からこの附近を龍原といい龍石はその中央にありました。 武田氏は戦死者追悼のため寺を建てたいと思いある日城…

武田山、祇園町、道ばたの小さなお堂の中に虚空蔵菩薩様おられます。

広島経済大学フットボールパークを北へ少しばかり進みまして、武田山へと斜面を登りますと、やがて見えてきました。 GoogleMapsに載っていました「こくぞうぼさつ」が見えてきます。 想像していた物と随分違い、 道ばたに小さく佇んでおられます。 あまりに…

日吉大社の門前町坂本にあります老舗和菓子屋さんの「比叡のお猿さん」頂きました。

武田山にあります尾首日吉神社以前訪ねて、もう一度と先日新羅神社からぐるっと回ってみようと試みたのですけど、間違えて下りてしまいまた行こうって帰路に付いて行かなかったわけです。 尾首日吉神社は、 天応2年(1289年)安芸の守護武田信宗が銀山城築城の…

安芸武田氏ゆかりの地、広島祇園地区、武田山麓にあります白水観音です。

武田山麓の祇園町を歩いて行きますと、どの道をどう歩いたのか上ったり下りたりすると、 白水観音と矢印で示してありました看板が目に止まりました。 溝を入れても三尺くらいしかない里道に向かって矢印が示されています。 一瞬、この道?間違ってない?私道…

武田山、裾野伝いに歩くとまだまだ面白そうです。

思いつきで訪ねました新羅神社で、大きく深呼吸してほっこりしてますと、 私と反対方向から参拝に来られた人と出会い、 その方は、 毎週、尾首日吉神社からこの新羅神社を回って散歩してるって言われました。 尾首日吉神社ですか? 遠い~なんて言いますと、…

安芸武田氏ゆかりの神社、新羅神社、訪ねました。

昨日(6月27日日曜日)、 緊急事態宣言が解除されて1週間、驚くほどの車の多さに驚いてしまいました。 祇園イオンモールの駐車場辺りから臨む武田山です。 広島経済大学の煉瓦色の校舎の下にこんもりと深緑の杜があります。 今日は、どこへ行こうかしらなん…

武田山麓の眞幡神社に奉納してありました侍大将の絵馬、すごくかっこいいです。

安芸武田氏ゆかりの地、武田山麓にあります眞幡神社、 武田氏の終焉とともに、毛利に徳川時代に数奇な運命をたどりました。 幟などに社紋として毛利の「一文字に三つ星」を用いるのも仕方のないことです。 sobanikutama.hatenablog.jp と、納得してましたと…

武田山麓にあります「眞幡神社」を訪ねました。

立専寺より少し背を向けたように、眞幡神社がありました。 立専寺の駐車場を横切って行きますと眞幡神社の裏に出ます。 これはいかん!とばかりに神社の縁を周り正面鳥居からの参拝です。 眞幡社の縁起によりますと、 安藝の國守護職として鎌倉初期、武田信…

安芸武田氏ゆかりのお寺、立専寺の紋瓦は武田氏家紋の花菱です。

武田氏の家紋は、「割菱」と「花菱」があります。 安芸武田氏のゆかりのお寺、銀山城主武田氏の菩提寺「武将山立専寺」のお堂の瓦には、 武田氏紋の花菱の紋瓦でした。 友だちがよくいいます。 このお寺は、このお城は、誰が創建したか建立したかを見るとき…

安芸武田氏ゆかりの地を訪ねて、銀山(かなやま)城と立専寺。

安芸武田氏ゆかりのお寺、武将山立専寺の山門を潜りますと、 お堂をお守りしてるが如くりっぱな黒松が眼に入ってきます。 広島市保存樹として、平成17年3月23日指定されています。 苔むした大きな幹から伸びた枝は実に壮観です。 武田山の銀山(かなやま)城と…

安芸武田氏ゆかりの史跡、銀山城主武田氏の菩提寺でした「武将山立専寺」を訪ねました。

武田山麓にあります安芸武田氏ゆかりのお寺「武将山立専寺」です。 広島市安佐南区山本にあります。 イオンモール広島祇園店からさらに南西に約1キロくらいのところにあります。 探しながら訪ねましたので、山本小学校を過ぎて山本川に沿って登りましたので…

武田山登りたい!って思うとどんどん前に進んでいきます。

広島市安佐南区の武田山です。 小学生の時、遠足で登ったことがあります。 もうこの年になるととても登ることは無理だとずっと思っていました。 この一年半、コロナの流行病のおかげというか自粛ムードが激しくなり、 安芸武田氏ゆかりの地を歩いてますと、 …

胡子神社は、福島正則公が吉田町の守護神「えびす神」を勧請したのが始まりです。

えびす通り商店街のビルに挟まれたように鎮座されていますのが、胡子神社です。 毎年11月に胡子大祭が行われます。広島三大祭りの一つで私たちは「えびす講」とか「えべっさん」って言ってます。 去年は、コロナウィルスの感染拡大のため縮小されて催され…

来年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の一人大江広元公は元就公のご先祖様です。

来年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」とても楽しみにしています。 源平合戦で名の知れた武将は知っていても、13人のうち小栗旬さんが演じる北条義時以外は知らない(それも、北条義時は教科書でしか知らないです)と思って見てますと、 13人の1人、大江広…

平清盛公の一生と瀬戸内海(その二)

伝説の中での清盛公の一生と瀬戸内海の掲示されていたボードのうち、 前回に続いて、後半を書きます。 清盛年譜(音戸の瀬戸を中心に) 鳥羽天皇、 元永元年(1118年)、清盛誕生。 崇徳天皇、 大治四年(1129年)、父忠盛、瀬戸内海海賊追討。 保延元年(1135年)…

平清盛公の一生と瀬戸内海(その一)

音戸の瀬戸公園にあります二重の塔。 いつ創建されたのか分からないですけど、 「平清盛、音戸の瀬戸を開き、ここに記念し二重塔 を建てる」とだけあります。 十二世紀頃でしょうかね。 見晴台に平清盛についての記録が掲示してありました。 書き写しますと…

旧高烏砲台兵舎跡、高烏公園に残っています。

美しい瀬戸内海を一望できる眺めのよい高烏台公園は、 かつての砲台跡です。 公園には、砲台跡の基礎部分が残っています。 公園の「清盛日招き像」のあります広場より少し下りたところに兵舎跡が残っています。 とても、丁寧な石組みで強固な造りが伝わって…

第二音戸大橋、1日にして再び陸続きになりました。愛称「日招き大橋」と言われる由縁です。

第三の音戸大橋の駐車場に、第二音戸大橋で実際に架設作業に使われた「砲弾型大型ピン」が展示してあります。 掲示板によりますと、 第二音戸大橋は、平安時代に平清盛が一夜にして切り開いたとの言い伝えのある音戸の瀬戸に瀬戸内海で初めて離島と本土をつ…

高烏台展望台、平清盛の日招き像より音戸大橋が一望できます。

音戸大橋を渡った帰り道、もう少し時間ありましたので高烏台展望台へと上がっていきました。 平成30年(2018年)7月の西日本を襲った記録的な豪雨で、この展望台への道も崩れ落ちました。 翌年訪ねました折には通行止めになっていました。 今回、修復されてい…

広島城城郭内全域図と広島城本丸・二の丸図です。

広島城に設置してありました江戸期の広島城城郭内全域図と広島城本丸・二の丸図です。 昭和52年に銅板で作成されたもので、西暦でいいますと1977年で今から40数年前のものです。 そのせいか薄くなってとても見づらいです。 でも、とても興味深いので撤去はし…

広島護国神社の境内に残る九つの原爆被爆遺跡です。

広島護国神社に置いてましたしおり「境内に残る原爆被爆遺跡」に沿って写真撮ってみました。 石製狛犬(右側) 境内の鳥居を潜って本殿に向かいお参りを済ませましたら、向かって右側へ進みました処の石製狛犬です。 石灯篭(右側) 石製狛犬(右側)のさらに外側…

広島城の東側、裏御門前にあります「被爆大鳥居」です。

広島城の東側、RCC中国放送正面前に立っています広島護国神社の大鳥居です。 この大鳥居の正面には、広島高等裁判所がありその隣には広島合同庁舎が並ぶ官庁街です。 この大鳥居は「被爆大鳥居」です。 広島城の中にあります護国神社にお参りしますと、「境…

広島城二の丸の被爆樹木ユーカリの木です。

広島城二の丸にあります被爆樹木ユーカリの木です。 内堀ギリギリに根をはり幹はまるでねじり飴のように痛々しいほどに旋回しています。 葉はお堀の水面まで垂れ下がっています。 爆心地から740mのこの地で被爆しました。 被爆して残っているユーカリはこ…

広島城内にあります原爆で倒壊した大本営跡です。

広島城内には、原爆で倒壊した大本営跡跡の基礎部分が残っています。 説明板を読みますと 広島大本営跡 明治27年(1894年)に日清両国に戦端が開かれたのち、それまでに山陽鉄道が開通していたことや宇品港を擁するといった諸条件により、同年9月広島市に大本…

広島城内にあります「被爆樹木クロガネモチ」です。

広島城にあります「被爆樹木クロガネモチ」です。 爆心地から910mです。 原爆投下で倒壊して基礎だけ残っています広島大本営跡のそばで生き残っています。 樹木をみるといつも手の平を添えてパワーを貰っています。 今回もパワーを頂きました。 付近には他に…

蓮光寺にあります広島県天然記念物の「長束の蓮華松」です。

広島市安佐南区長束にあります蓮光寺です。 広島市のホームページを見ますと、 蓮光寺の前身は、鎌倉時代に武田信隆の次男・清順により建立された松陰坊だと伝えられています。 とあります。 お寺の石碑の裏には、 建久5年(1194年)天台宗として開基し弘安6年…

安芸國沼田郡中須村、中須稲生神社にありました絵図です。

中須稲生神社のお社に掲げてありました安芸國沼田郡中須村の絵図です。 今の広島市安佐南区中須は、安川と古川の合流地点からJR可部線沿線までの範囲で、 緑井、川内、中筋、古市、大町に囲まれています。 安芸国沼田郡とありますから江戸時代の絵図ですかね…

中須稲生神社の鳥居の古額は、定かではないのですが有栖川宮様の御染筆と言い伝えられています。

広島市安佐南区中須にあります「中須稲生神社」です。 神社の周りは、住宅が建ち並び、かつては安川に面していたのでしょうけど、今は安川には堤ができて一段下がったところにあります。 それがまた、当時の地形をうかがえます。 参道を通り鳥居を潜りますの…

武田氏ゆかりの史跡、正伝寺にありました「武田菱」の寺紋です。

先日、行きました正伝寺です。 広島市安佐南区のホームページに武田氏ゆかりの史跡として 985年に「恵空」が阿弥陀寺を建てたのが始まりと言われていました。のち武田信宗の菩提所となり光賢時と称し栄えました。その後現在地に移り、正伝寺と改められました…