極楽寺を歩きますと、静寂の中に多くの仏様にお会いすることができます。
こんな山深い中に、
極楽をみたのでしょうか。求めたのでしょうか。
訪ねて行きますと少なくとも、ざわざわした日常とは縁遠い心穏やかになります。
極楽寺本堂の本尊の十一面千手観音坐像、御開帳の折にしかお目にかかれません。
でも、そこにおられたんですよね。
今まで私は、ずっと、
山を登り詰めた先に、極楽寺かと思っていました。
それは違っていました。
山そのものが極楽寺だったんですね。
山の名前が極楽寺山という由縁ですね。
今回わかった気がします。
下山途中、車を停めて貰い写しました対岸の宮島です。
こちらも、島そのものが神の島、宮島です。
宮島の弥山には、弘法大師が開基された霊験あらたかな大聖院があります。