第三の音戸大橋の駐車場に、第二音戸大橋で実際に架設作業に使われた「砲弾型大型ピン」が展示してあります。
掲示板によりますと、
第二音戸大橋は、平安時代に平清盛が一夜にして切り開いたとの言い伝えのある音戸の瀬戸に瀬戸内海で初めて離島と本土をつなぐ橋として昭和36年に架けられた「音戸大橋」の交通渋滞の緩和、円滑な緊急活動や災害時の緊急輸送道路の確保などを目的として建設されたアーチ橋であり、国内で4番目の規模となります。(平成25年3月27日現在)
大ブロック一括架設(平成23年4月24日)
海峡部のアーチ橋大ブロック(延長192m、鋼重約3,500t)は国内で初めて大ブロックをクレーン船で吊り下げたまま陸上部とジョイントし、一括で架設しました。
国内最大級のクレーン船(3,700t吊)が大ブロックを吊り、音戸の瀬戸に入っていく姿はまさに圧巻でした。
架設作業は一般の船舶の航泊を制限した9時間以内に完了させなくてはならず、4箇所ある陸上部とのジョイントは、砲弾型の大型ピンを大ブロックに差し込むことで、速やかに位置合わせが出来るように工夫しました。
こうしたこれまでに例のない装置の開発や工夫だけでなく、工場においても精度の管理頻度を通常よりも上げて製作を進めました。
これらにより、想定されていた誤差さえも生じることはなく、制限時間内に架設を完了しました。
平安時代に平清盛が一夜にして切り開いたといわれる音戸の瀬戸は、15,000人を超える人々が見守る中で現代の技術者たちによって1日で再び陸続きになりました。
と書かれています。
すごいです!
日本の土木技術は、ほんとにすごいです!
そして、ニールセンローゼ固定アーチ橋でとても美しいです。
朱色がとても美しいです。
第二音戸大橋、愛称を清盛さんにちなんで「日招き大橋」とつけた由縁がよく分かりました。
制限時間のある中、1日にしてまさにどうか日が沈みませんようにとばかりに進められたと思うと、清盛さん、金の扇で見守られていたんでしょうかね。
今にして思えば、大型クレーンで吊り下げての作業、あ~なんで見学に行かなかったんだろう。
残念で仕方ないです。