広島歴史探索の後は、お好み焼き「そば肉玉」じゃね

面白かったこと楽しかったこと感動したこと疑問に思ったこと書いていきたいと思ってます。時々、広島弁出ますけど

かつては広島湾に浮かぶ仁保島の象徴であります黄金山、今年は車窓から

呉線に沿って国道31号線を広島市に向かって走りますと海田で国道2号線に合流します手前に左の車窓から広島県立海田高校の校舎が目に入ります。

たしか、かつては三枚の桜の葉の中央に桜の花弁をあしらった校章のみが校舎に印されてたと記憶してますが、今は学校名が明記してありました。

そのまま高架を上りますと2号線と合流しさらに走りますと黄金橋にさしかかります。

車のフロントから正面に黄金山がみえてきます。

黄金橋を渡りますと大きく右にカーブしインターチェンジとなって左に黄金山が臨めます。

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黄金山は桜の名所です。

車でも上がれるように車道が山に沿って螺旋に整備してあります。

歩いても登れます。徒歩遠足で何度ともなく登った事あります。

以前はテレビ塔が頂上にあり、今は取り除かれ何だか頼りなく感じます。

でも、そもそもの形が今の物ですよね。

古くは「馬耳山」とも言われてました。

山頂には仁保城が築かれ広島湾に浮かぶ要塞として重要な拠点でした。

仁保城は安芸武田氏の警固衆の白井氏の支城で、武田氏滅亡の後毛利氏に攻め落とされました。

毛利軍は「厳島合戦」の前哨戦として「仁保島合戦」で陶方の攻撃を撃退してます。

江戸時代に入り広島湾の干拓が進み、1662年、東新開(現在の東雲地区)の造成によって比治山と段原などと陸続きになったそうです。

国道2号線が仁保と東雲を挟んで通っています。

マツダ本社工場も猿猴川に沿ってあります。

船で往来してました処を今は車で疾走してます。

仁保島の象徴であります黄金山 、仁保山とは言わず「黄金山」と言います。こがねやまと書いて「おうごんざん」ってよびます。

なぜ、黄金山というかは諸説ありますが、何だか素敵な名前ですよね。

 

現在、新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐ為不要不急の外出は控えてくださいとのお達しがあります。車の中からでしか伝えられないですね。それも、用事のついでってことで写しました写真です。

こんな今の世の中、広島弁で言いますと「いなげな!世の中になったもんじゃね!」です。

「もうちょっと、ガマンせんといけんのんかね。」