広島歴史探索の後は、お好み焼き「そば肉玉」じゃね

面白かったこと楽しかったこと感動したこと疑問に思ったこと書いていきたいと思ってます。時々、広島弁出ますけど

島根と広島を繋ぐ、神楽ルートです。

浜田道の寒曵山パーキング(上り)でのトイレ休憩です。

下りで見ることができた寒曵山もパーキングを背にして見ることができないです。

中国山地の山の中にありますパーキングでトイレと自動販売機くらいしかないのですけど、上りも下りも気持ちいいくらい綺麗に掃除が行き届いています。

上りには建物の横に大きなパネルがあり

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神楽ルートとあります。

広島北西部から島根県西部一帯を神楽ルートと呼ぶそうです。

このパネルを見て思いますのに、

北広島町の大朝、芸北、千代田と石見神楽との関係性がよくわかるって思いました。

そしてじーっと見ながら、石見神楽と出雲神楽もどんな歴史で関係していったのかしら?

松江に繋がっています国道54号線沿いの安芸高田市や三次市とかは、出雲神楽の影響が大きいのかしら?

どうなんでしょう?

なんて、パネルを眺めながら考えてしてしまいました。

 

広島市でも神社とか色々なところで県北の神楽団の方々を招いて講演があり、ついつい足を止めて見入ってしまいます。

しっかり見比べたら各地の神楽の違いがわかるのでしょうね。

そして、

神楽も歴史と共に変遷し進化しているのでしょうね。

それもこれも、詳しい方に解説していただかないとわからない気がしますね。

 

以前、大朝の人に聞いたことがあるのですけど、

私たちが広島市で楽しんで見ているスピーディで豪華な衣装が美しく回りますのは新舞といって、

これとはまた違う、

神様に奉納する舞でとても厳かでゆっくり舞いますのが旧舞というそうです。

ご年配の方は旧舞がいいって言われるそうです。