広島の復興に欠かせない生きる力を希望をもたらせてくれたものの一つに、
「広島カープ」があります。
1950年、昭和25年戦後わずか5年「広島カープ」が設立しました。
創立当初から資金難で球団存続すら危なくなりました。
身売りもしくは解散まで追い込まれました。
広島市警察や企業からの寄付も行われ、広島市民からも寄付を募りました。
広島市民の生活も楽ではなかったはずです。
当時のカープの本拠地広島総合球場前に置かれた樽、世に言う「樽募金」が始まりました。
そんな貧乏チームでしたけど、今やG7広島サミットではイギリスのスナク首相までもが、首脳会議でカープ靴下はいてくださるまでになりました。
これぞカープ外交ですね。
ひろしまゲートパークの中の「Pride of Hiroshima展」には、実際に設置されました四斗樽が展示してあります(6月11日まで)。
樽には「日本一の酒 福美人」と書かれています。
東広島市西条の「広島の酒都西條」のお酒です。