三滝山を宗箇山といいます由縁の山頂にあります「宗箇松」です。
平成の時代に復元されました「四代目宗箇松」です。
宗箇松(平成の復元)
広島藩浅野家家老で、茶人としても名高い上田宗箇(1563~1650)が同家上屋敷内に設けた茶寮「和風堂」及び藩主の別邸(縮景園)の借景として、ここに巨松を植えたという。
この松は周辺からよく見え、当時の人々から「宗箇松」と呼ばれ親しまれた。
過去の存続の危機を迎えたものの、時々の関係者の努力により、二代目、三代目と受け継がれ、「宗箇松」の愛称とともに、今日に伝わってきた。
三代目が枯死した今日、広島の歴史を継承するため、品質改良された抵抗性松の苗木を使用し、将来往時の「宗箇松」へと成長することを願って、四代目として植樹する。
平成10年11月29日
“宗箇松”復元事業実行委員会
とあります。
平成の時代植樹されました宗箇松は、令和になって随分大きくなっています。
上田家上屋敷内の茶寮や縮景園の借景だったそうですけど、今では広島市内ビルが建ち並び、
縮景園からの風景は随分変わったように思われます。
敷地内だけの庭園ではなく広島デルタを囲んだ山々をもとりこんだ壮大なお庭だったのでしょうね。
上田家上屋敷は今でしたどの辺りだったのでしょう。
当時の武士のたしなみとしての茶、宗箇松を借景としての茶寮「和風堂」はどんなだったでしょうね。
たとえ復元されても実際の景色は復元出来ないですね。